1. 確率論の基礎
1.1 確率とは
私たちの身の回りには、結果が確実には予測できない現象が数多く存在します。例えば:
- サイコロを振ったときの出る目
- 明日の天気
- 株価の変動
- 製品の寿命
このような不確実な現象を数学的に扱うための理論が確率論です。
データのばらつき
実際のデータを観察すると、同じような条件で測定や実験を行っても、結果は毎回少しずつ異なることがわかります。例えば:
- 工場での製品の品質測定値
- 同じ条件での実験結果
- 繰り返し測定での誤差
このようなばらつきは、偶然的な変動として確率的に扱うことができます。
1.2 標本空間と事象
標本空間
確率的現象において、起こりうる結果全体の集合を標本空間と呼びます。標本空間の要素を根元事象と呼びます。
例: 1. サイコロを1回振る: - 標本空間:\(\Omega = \{1, 2, 3, 4, 5, 6\}\) - 根元事象:\(1, 2, \ldots, 6\)
- サイコロを2回振る:
- 標本空間:\(\Omega = \{(1,1), (1,2), \ldots, (6,6)\}\)
-
要素数:\(6 \times 6 = 36\)
-
トランプから1枚引く:
- 標本空間:\(\Omega = \{\text{スペードA}, \text{スペード2}, \ldots, \text{ダイヤK}\}\)
- 要素数:\(52\)
事象
標本空間の部分集合を事象と呼びます。
例(サイコロを2回振る場合): - 「1回目が偶数」:\(\{(2,1), (2,2), \ldots, (6,6)\}\) - 「2回の和が7」:\(\{(1,6), (2,5), (3,4), (4,3), (5,2), (6,1)\}\) - 「少なくとも1回6が出る」:\(\{(6,1), (6,2), \ldots, (6,6), (1,6), \ldots, (5,6)\}\)
事象の演算
事象\(A, B\)に対して以下の演算が定義されます:
- 和事象:\(A \cup B\)(\(A\)または\(B\)が起こる)
- 積事象:\(A \cap B\)(\(A\)と\(B\)がともに起こる)
- 余事象:\(A^c\)(\(A\)が起こらない)
具体例(サイコロを2回振る場合): - \(A\):「1回目が偶数」= \(\{(2,1), (2,2), ..., (4,1), ..., (6,6)\}\) (18個) - \(B\):「2回の和が7」= \(\{(1,6), (2,5), (3,4), (4,3), (5,2), (6,1)\}\) (6個) - \(A \cup B\):「1回目が偶数、または2回の和が7」= 21個の根元事象 - \(A \cap B\):「1回目が偶数で、かつ2回の和が7」= \(\{(2,5), (4,3), (6,1)\}\) (3個) - \(A^c\):「1回目が奇数」= \(\{(1,1), (1,2), ..., (3,1), ..., (5,6)\}\) (18個)
確率の計算例: - \(\mathbb{P}(A) = \frac{18}{36} = \frac{1}{2}\) - \(\mathbb{P}(B) = \frac{6}{36} = \frac{1}{6}\) - \(\mathbb{P}(A \cap B) = \frac{3}{36} = \frac{1}{12}\) - \(\mathbb{P}(A \cup B) = \mathbb{P}(A) + \mathbb{P}(B) - \mathbb{P}(A \cap B) = \frac{1}{2} + \frac{1}{6} - \frac{1}{12} = \frac{7}{12}\)
1.3 確率の定義
確率は次を満たすものとして定義されます:
- 非負性:任意の事象\(A\)に対して、\(\mathbb{P}(A) \geq 0\)
- 正規性:全事象\(\Omega\)の確率は1、\(\mathbb{P}(\Omega) = 1\)
- 加法性:互いに排反な事象\(A, B\)に対して、\(\mathbb{P}(A \cup B) = \mathbb{P}(A) + \mathbb{P}(B)\)
確率の公理的定義の詳細
確率の公理的定義は、以下の重要な性質を導きます:
-
空事象の確率: $$ \mathbb{P}(\emptyset) = 0 $$
-
有限加法性: 互いに排反な事象\(A_1, A_2, \ldots, A_n\)に対して: $$ \mathbb{P}\left(\bigcup_{i=1}^n A_i\right) = \sum_{i=1}^n \mathbb{P}(A_i) $$
-
確率の単調性: \(A \subset B\)のとき、\(\mathbb{P}(A) \leq \mathbb{P}(B)\)
-
確率の有界性: 任意の事象\(A\)に対して、\(0 \leq \mathbb{P}(A) \leq 1\)
確率の基本的性質の応用
- 余事象の確率の応用:
- 少なくとも1回成功する確率 = 1 - すべて失敗する確率
-
例:サイコロを3回振って少なくとも1回6が出る確率: $$ 1 - \left(\frac{5}{6}\right)^3 $$
-
和事象の確率の応用:
- 排反でない事象の和の確率を計算する際に重要
- 例:トランプから1枚引いてハートまたは絵札である確率: $$ \mathbb{P}(\text{ハート}) + \mathbb{P}(\text{絵札}) - \mathbb{P}(\text{ハートの絵札}) $$
1.4 条件付き確率と独立性
条件付き確率の直感的理解
条件付き確率\(\mathbb{P}(A|B)\)は、「\(B\)が起こったという情報を得た後での\(A\)の確率」と考えることができます。
数学的定義: $$ \mathbb{P}(A|B) = \frac{\mathbb{P}(A \cap B)}{\mathbb{P}(B)} \quad (\mathbb{P}(B) > 0) $$
具体例1:トランプの条件付き確率 トランプから1枚引いてハートであることがわかったとき、それが絵札である確率: - 全体:52枚のカード - ハートのカード:13枚 - ハートの絵札:3枚(J, Q, K) - \(\mathbb{P}(\text{絵札}|\text{ハート}) = \frac{3}{13} \approx 0.231\)
具体例2:サイコロの条件付き確率 サイコロを2回振って1回目が偶数であることがわかったとき、2回の和が7である確率: - 1回目が偶数の場合:18通り - 1回目が偶数で和が7:\(\{(2,5), (4,3), (6,1)\}\) = 3通り - \(\mathbb{P}(\text{和が7}|\text{1回目が偶数}) = \frac{3}{18} = \frac{1}{6}\)
計算の確認: 前述の事象を使って:\(\mathbb{P}(B|A) = \frac{\mathbb{P}(A \cap B)}{\mathbb{P}(A)} = \frac{1/12}{1/2} = \frac{1}{6}\)
独立性の直感的理解
2つの事象\(A, B\)が独立であるとは、「\(B\)が起こったという情報が\(A\)の確率に影響を与えない」ことを意味します。
数学的定義: 事象\(A, B\)が独立 \(\Leftrightarrow \mathbb{P}(A \cap B) = \mathbb{P}(A) \times \mathbb{P}(B)\)
例1:独立な事象(サイコロを2回振る) - \(C\):「1回目が偶数」 - \(D\):「2回目が3以上」
確率の計算: - \(\mathbb{P}(C) = \frac{18}{36} = \frac{1}{2}\) - \(\mathbb{P}(D) = \frac{24}{36} = \frac{2}{3}\)(2回目で3,4,5,6が出る) - \(\mathbb{P}(C \cap D) = \frac{12}{36} = \frac{1}{3}\)(1回目偶数かつ2回目3以上) - 確認:\(\mathbb{P}(C) \times \mathbb{P}(D) = \frac{1}{2} \times \frac{2}{3} = \frac{1}{3} = \mathbb{P}(C \cap D)\) ✓
例2:独立でない事象(サイコロを1回振る) - \(E\):「偶数が出る」= \(\{2, 4, 6\}\) - \(F\):「3以上が出る」= \(\{3, 4, 5, 6\}\)
確率の計算: - \(\mathbb{P}(E) = \frac{3}{6} = \frac{1}{2}\) - \(\mathbb{P}(F) = \frac{4}{6} = \frac{2}{3}\) - \(\mathbb{P}(E \cap F) = \frac{2}{6} = \frac{1}{3}\)(4と6) - 確認:\(\mathbb{P}(E) \times \mathbb{P}(F) = \frac{1}{2} \times \frac{2}{3} = \frac{1}{3} = \mathbb{P}(E \cap F)\) ✓
実はこの例では独立です。非独立の例: - \(G\):「1または2が出る」 - \(H\):「偶数が出る」 - \(\mathbb{P}(G) = \frac{1}{3}\), \(\mathbb{P}(H) = \frac{1}{2}\), \(\mathbb{P}(G \cap H) = \frac{1}{6}\) - \(\mathbb{P}(G) \times \mathbb{P}(H) = \frac{1}{6} = \mathbb{P}(G \cap H)\) ✓(これも独立)
実際の非独立例: - \(I\):「1が出る」 - \(J\):「奇数が出る」 - \(\mathbb{P}(I) = \frac{1}{6}\), \(\mathbb{P}(J) = \frac{1}{2}\), \(\mathbb{P}(I \cap J) = \frac{1}{6}\) - \(\mathbb{P}(I) \times \mathbb{P}(J) = \frac{1}{12} \neq \frac{1}{6} = \mathbb{P}(I \cap J)\) ✗(非独立)
2.1 確率変数と確率分布
確率変数の変換の詳細
確率変数\(X\)に対して、\(Y = g(X)\)と変換したときの確率分布の求め方:
- 離散型の場合:
- 各\(y\)に対して、\(g(x) = y\)を満たす\(x\)をすべて見つける
- それらの\(x\)に対する確率の和を計算する
例:サイコロを2回振って、\(X\)を1回目の目、\(Y\)を2回目の目とする
-
\(Z = X + Y\)の確率分布:
- \(Z = 2\):\((1,1)\)のみ → \(\frac{1}{36}\)
- \(Z = 3\):\((1,2), (2,1)\) → \(\frac{2}{36}\)
- \(\vdots\)
- \(Z = 7\):\((1,6), \ldots, (6,1)\) → \(\frac{6}{36}\)
- \(\vdots\)
- \(Z = 12\):\((6,6)\)のみ → \(\frac{1}{36}\)
-
連続型の場合:
- 変換\(g\)が単調増加または単調減少であることを確認
- 逆関数\(g^{-1}\)を求める
- 確率密度関数を変換する
例:\(X\)が\([0,1]\)上の一様分布に従うとき
- \(Y = X^2\)の確率密度関数:
- \(g^{-1}(y) = \sqrt{y}\)
- \(f_Y(y) = f_X(\sqrt{y}) \cdot \left|\frac{d}{dy}\sqrt{y}\right| = \frac{1}{2\sqrt{y}}\)
代表的な確率分布の性質と応用
-
ベルヌーイ分布:
- 成功確率\(p\)の試行を1回行ったときの成功回数
- 期待値:\(p\)
- 分散:\(p(1-p)\)
- 応用:品質検査での不良品判定
-
二項分布:
- 成功確率\(p\)の試行を\(n\)回行ったときの成功回数
- 期待値:\(np\)
- 分散:\(np(1-p)\)
- 応用:製品の不良率推定
-
正規分布:
- 平均\(\mu\)、分散\(\sigma^2\)の連続分布
- 対称性:平均を中心に対称
- 68-95-99.7ルール:
- 平均±1標準偏差:約68%
- 平均±2標準偏差:約95%
- 平均±3標準偏差:約99.7%
- 応用:測定誤差のモデル化
-
指数分布:
- 無記憶性:\(\mathbb{P}(X > s+t | X > s) = \mathbb{P}(X > t)\)
- 期待値:\(\frac{1}{\lambda}\)
- 分散:\(\frac{1}{\lambda^2}\)
- 応用:機器の故障時間のモデル化
段階的練習問題
基礎練習
- トランプ問題 52枚のトランプから1枚引く場合:
- \(\mathbb{P}(\text{スペード}) = ?\)
- \(\mathbb{P}(\text{絵札}) = ?\)
- \(\mathbb{P}(\text{スペードかつ絵札}) = ?\)
- \(\mathbb{P}(\text{スペードまたは絵札}) = ?\)
解答: - \(\mathbb{P}(\text{スペード}) = \frac{13}{52} = \frac{1}{4}\) - \(\mathbb{P}(\text{絵札}) = \frac{12}{52} = \frac{3}{13}\) - \(\mathbb{P}(\text{スペードかつ絵札}) = \frac{3}{52}\) - \(\mathbb{P}(\text{スペードまたは絵札}) = \frac{13}{52} + \frac{12}{52} - \frac{3}{52} = \frac{22}{52} = \frac{11}{26}\)
- 条件付き確率問題 袋の中に赤玉3個、青玉2個がある。2個を続けて取り出す(非復元):
- 1個目が赤だったとき、2個目も赤である確率は?
解答: 1個目が赤の場合、残りは赤玉2個、青玉2個の計4個 \(\mathbb{P}(\text{2個目赤}|\text{1個目赤}) = \frac{2}{4} = \frac{1}{2}\)
応用練習
- ベイズの定理の応用 ある検査の精度:病気の人の90%が陽性、健康な人の5%が陽性 人口の1%が病気だとすると、陽性の人が実際に病気である確率は?
解答: \(A\):病気, \(B\):陽性とすると - \(\mathbb{P}(B|A) = 0.9\), \(\mathbb{P}(B|A^c) = 0.05\), \(\mathbb{P}(A) = 0.01\) - \(\mathbb{P}(B) = \mathbb{P}(B|A)\mathbb{P}(A) + \mathbb{P}(B|A^c)\mathbb{P}(A^c)\) - \(= 0.9 \times 0.01 + 0.05 \times 0.99 = 0.0585\) - \(\mathbb{P}(A|B) = \frac{\mathbb{P}(B|A)\mathbb{P}(A)}{\mathbb{P}(B)} = \frac{0.009}{0.0585} \approx 0.154\)
演習問題
本章の演習問題はこちらを参照してください。